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2006年05月22日

ストリートファイター

昔の日本では不良でも一定のルールを持っていた様な気がするが、最近のヤンキー(死語だが代わりの言葉知らない。)は、ルールもなにも無し、人に迷惑をかけても全然気にしなく、威張りかえっている。

実は、昨日、コンビニに煙草を買いに行ったら、3人のヤンキーがカーステレオの音量を最大にして、なおかつ、左右のドアを開いて外でくっちゃべっていた。

僕は中学二年の時、20人以上の不良に囲まれて対戦し、負けなかった。だから、がたいがでかくてもたった3人、何の躊躇いもなく、注意をくれてやった。奴らのパンチは所詮素人のパンチ、効くはずのない事はバレバレだ。こっちは、ライセンスはないが、本物の左ジャブ、右ストレート、右フック+フットワーク、相手が暴力に訴えてきたときの備えは万全だ。

悪ぶっている奴らが群れを作る理由は一つだ、自分たちが実際には弱く、それを隠すために群れを作るのだ。

「夜に音楽を成らさなければ良いんだろう?」と言ったので、「君の一番大切な物に懸けて誓えるか?」と聞いたら、「なに、それ? そんなものないっちゅーの!」と答えた、あまりにも低脳過ぎて、かえって可哀相だった。

実際は「電話番号教えろよ!」と威嚇をかけてきたが、「じゃあ、メモよこせよ、書いてやるから」と言ったら、「そんな物ねえよ、コンビニに戻って貸して貰え!」と言うしかなかった。携帯は持っているに決まっているから、単なる臆病風に過ぎない。それに、「街宣車に乗ってお前の家に乗り込んでやる!」と言ったが電話番号じゃあ、僕の住所は判らない。実際、せいぜい、嫌がらせの電話を出来るだけで、卑怯物の集団だ。「オーディオがうるさいぞ!」と言ったら「お前の声の方がよっぽどうるせえ!」と言われたので、「俺の声がうるさい? そりゃ、嬉しいねえ」と切り返したら返す言葉なし(笑)。

面倒になったので、「警察に電話するよ!?」と聞いたら「俺たちゃ、警察とは友達だって言うの」と言ったので「確かに君らは警察と友達みたいだ」と切り返してやった。最後に、バイクのナンバープレートを見せ、「悔しかったらナンバープレート位覚えておけ!」と言ってコンビニを後にした。

家に帰ったら早速 110番。いや、連中に友達に会う機会を与えてやろうと思ってな(爆)。今頃、警察のお友達と仲良くしているに違いない。

そうそう、相川七瀬のオフィシャル掲示板の荒らしだが、こっちがやむ得ない連続投稿をしたら文句を付け、そうしない様に(彼らの為じゃない、良心的なビジターの為だ。)このブログから、手動でトラックバックを掛けるのりで投稿したら、オフィシャル掲示板を自分のブログの様に使っている、と文句をたれる。しかも、本当はたった1人なのに複数に見せかけているか、2ch 辺りから同好の士を連れてきているに決まっている。

荒らしに何言っても無駄だが、僕が七瀬さんのオフィシャル掲示板のリンクに、このブログの記事を設定するのは、呼称としては「トラックバック」であって、「ブログ」ではない。

まあ、ネットでしか自己主張でない、可哀相な奴は放置しておくのが一番だな。

2006年05月19日

侵略された人たちは忘れない

僕は、海外の七瀬ファンに僕のプライベートフォーラムで天皇制、特に昭和天皇について知る限りの事実をあえて伝え、昭和天皇がアジア太平洋戦争を望んでいなかった事実を伝えました。

ほとんどの日本人がアジア太平洋戦争において、占領アジア諸国の人々にどんな酷い事をしたのか忘れています。しかし、彼らは忘れていない。彼女から聞かされた話には身の毛もよだちました。僕自身、「忘れていた」と痛感しました。彼女の話は彼女の政府が作った物ではなく、事実である事を認めざるを得ません。

Hong Kong では、「3年と8ヶ月」と呼ばれる日本軍による占領時代、食料を始めとしたすべての生活物資は配給制になりました。当然、占領軍が占領を維持するために必要な物資を引いた後での配給です。ほとんどギリギリの配給制で、死者が沢山出たそうです。最終的には「食人」行為まで起こったそうです。あまりに酷すぎる。僕は、こんな事をした国の民族と同一の民族である事が恥ずかしい。

彼女は、僕よりかなり若いです。でも、やはり日本と日本人を憎んでいた。それは、祖父母や父母の代がそんな仕打ちをされていれば無理もありません。

しかし、彼女は今、日本や日本人が好きになってくれています。

彼女が日本や日本人を好きになった理由。それは七瀬さんです。七瀬さんの音楽と歌声が彼女を変えた。音楽ってとても素敵な物だなと改めて実感しました。