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「聖火への妨害好ましくない」?!

朝日新聞の本日付の「声」の欄で「聖火への妨害好ましくない」と声を寄せられた方の記事を読みました。

投稿された方の氏名はここには書きませんが、実氏名、実年齢、おおよその住所を公開された方に僕なりの感想を書こうと思います。僕はここで実氏名や、おおよその住所を書くつもりはありませんが、それは、自分を守るためではありません。少なくとも中国共産党は僕の実氏名、実年齢、正確な住所、これまでの僕の経歴を 100% 知っているでしょう。そういう意味では「謎のギター弾き」と言う仮名でここであなたに感想を述べることは必ずしも卑怯なことではありません。

あなたの仰っている事は確かに正論の一部でしょう。

あなたの文章には明示的には書かれていませんが、「暴力」によって聖火リレーの妨害をしようとする行為を行った人間に「暴力」によりチベットの人々を弾圧する中国共産党を「言論」により非難する権利はそうしなかった人間に比べて極めて制限されると思います。ただし、中国共産党が「暴力」によりチベットの人々を弾圧している以上、「暴力」により聖火リレーを妨害した人間を中国共産党が「言論」により非難する権利もありません。あなたに「言論」により聖火リレーを「暴力」により妨害した人間を非難する権利があっても中国共産党にはその権利がない、と僕は考えます。

あなたの文章を読んで感じたことは、あなたは定職として社会人経験を十分に積んでいないのではないでしょうか?

あなたは、「政治の問題をスポーツの祭典に持ち込むのは不自然ではないでしょうか」と主張されています。この文章自体に欠陥は全くありません。しかし、この文章を次のように言い換えた場合あなたはどう感じますか?

「人権の問題を売春宿で開かれるスポーツ祭典に持ち込むのは不自然ではないでしょうか」

あなたに「中華人民共和国」と言う名ばかりな国家が「売春宿」ではない、と言い切る自信がありますか? 言い切ったとして、チベットの人々の人権をどう取り繕うのですか? 現状、チベットが「中華人民共和国」の一部である以上、僕は、「北京オリンピック」という代物を「売春宿で開かれるスポーツの祭典」であると定義しますし、論理的に僕の論理が間違っているという対論を聞かされるまで僕の定義が「真実」であると断言します。

あなたは「五輪開催を阻止しても問題は解決しないし」と断言しておられますが、僕はそうは思いません。かつて日本で東京オリンピックが開催されたとき、多くの日本人が「これでやっと一人前の国になれた」と思った日本人は多かったはずです。「聖火リレーの妨害」ではなく「北京オリンピック」と言う「五輪開催の阻止」がもし実現すれば、多くの中国人が自分たちの国が世界から認められていないことを悟るでしょう。そして、彼らは、その原因が何であるか、自分たちが何をすべきか考え、実行するでしょう。

「不完全な五輪で影響を被るのは中国政府だけでなく、参加選手や世界中で五輪を楽しみにしている人たちだからです」と続きますが、少なくとも僕個人は「中華人民共和国」と言う「売春宿」で開かれる「スポーツの祭典」を楽しみに観る趣味はありません。あなたは「中華人民共和国」と言う「売春宿」で開かれる「スポーツの祭典」を観る趣味があると言い切りますか? それとも「中華人民共和国」が「売春宿」などでは決して無いと弁明しますか? あなたや、僕が五輪に出場できる運動能力を持った「スポーツマンシップ」に満ち溢れた選手であるとして、「中華人民共和国」と言う「売春宿」で開かれる「スポーツの祭典」に参加し、メダルを競いますか? 売られていく女性の目の前で。

「北京市民は純粋に自分の街で五輪が開かれることを楽しみにしています」と言い切りますが、ご自身で確かめられたことですか? それとも単なる想像ですか? 北京市内の市民の自由や権利と長野でのそれと等しいものであることを証明できますか?

僕は僕の見解によって無理にあなたの見解を変えて欲しいとは思ってはいません。あなたに対しては、「こういう見方もある」という参考になれば幸いです。